「クラッシュ」

 前回、『甘い鞭』について「危うくも稀有な作品」と書きましたが、それで思い出した一本の映画があります。それが1996年のデビッド・クローネンバーグ監督作品『クラッシュ』です。
 以前書いた『セクレタリー』でヒロインの雇い主を演じたジェームズ・スペイダーが主演しています。

 性生活で満足を得られない一組の夫婦が、色々な事を試すのですが結果を得られず苦悩と諦めの混ざり合った倦怠の中にいました。
 ある日、主人公である夫は運転していた車の事故をきっかけに、死亡した相手の運転者の妻と知り合います。やがてこの二人は病院で出会ったヴォーンという男が主催する「衝突事故再現ショー」を見学する事になり、「衝突事故マニア」達と関わりを持つようになっていきます。
 彼らは車の衝突に性的快楽を覚える人々で、やがて主人公も彼らに感化され、この逸脱した性の世界に入り込んでいきます。

 SF作家J・G・バラードが1973年に発表した原作では、主人公とヴォーンの関係に主眼が置かれ、テクノロジーとセックスの関係が主題になっていますが、クローネンバーグの映画『クラッシュ』では主人公とその妻の関係に主眼が置かれ、このあまりにも破滅的な「性的嗜好」を二人は共有できるのか? という問いが物語の軸になっています。

 この映画での「衝突事故マニア」達の世界は「苦痛や自傷を伴う性的嗜好」の隠喩とも受け取れ、BDSM的な香りを濃厚に放っています。

 危険な題材を扱い、異様なフェティシズムに満ちていて、セックスシーンが連続する過激な内容ですが、この映画には奇妙な静けさが漂っています。
 それは衝突事故の場面ですら同じで、派手な演出は一切排除され、まるでドライブレコーダーの映像のように淡々と撮られています。
 カークラッシュは映画においては大きな見せ場のはずで、派手な演出や編集が施される典型的な場面でしょう。しかしこの映画でのカークラッシュはセックスと同じ「秘め事」であり、他のセックスシーンと同様、静かな視線で淡々と撮られています。
 そしてその静けさが、主人公とその妻が辿りついたラストシーンの美しさを生み出しているように思います。

 公開当時から非常に冷遇されてきた映画で、日本で公開された時も「R-18」の指定を受け、上映館も少なかったようです。
 DVDも残念な事に現在は廃盤になっているようですが、中古盤が今のところまだ入手可能です。
「クラッシュ クローネンバーグ」で検索するとamazon等の販売ページがヒットします。

(2014/08/11)