「甘い鞭」

　去年公開の映画でまたしても今更な感じがしますが、最近になってようやく鑑賞したので感想を。今回も映画版のみの感想です。

　以前に書いた同監督の「花と蛇２　パリ／静子」の評では随分そっけない書き方をしてしまいましたが、今回はこの石井隆監督作品「甘い鞭」について少し丁寧に書いてみたいと思います。

　主人公の奈緒子は、17歳の時ある男に拉致監禁され陵辱の限りを尽くされた悲惨な過去を持っています。そんな奈緒子は32歳の今、医師として働きながら夜にはＳＭクラブでＭ嬢を勤めるという信じがたい二重生活を送っています。この現在の二重生活と、過去に受けた陵辱が交互に語られ、ストーリーが進んでいきます。

　過去の陵辱シーンは凄惨極まりなく、窓の無い完全防音の地下室に監禁され、全裸で陵辱される姿の痛々しさは言語に絶する程で、この17才の奈緒子を演じた間宮夕貴さんの絶望感に満ちた表情はとても印象に残ります。

　これほどの経験をした奈緒子が選りによってＭ嬢になった動機は何なのかという謎がストーリーの根幹で、奈緒子は自分をこの世界に惹きつける物の正体が知りたいと、よりハードなＳＭの世界に身を投じていきます。そしてそれは最後に異様な形で明らかにされます。

「花と蛇」「花と蛇２」の二作では、監督の主眼はヒロインに惹かれる男達を描く事にあったと思えてなりません。この二作では、カメラは男達の鬱屈した姿を執拗に追いかけていて、その間ヒロインは画面の外に追いやられ、観客は彼女の心の動きを知る事が出来ません。この主眼の置き方が、ヒロインにあれだけの事をさせながら彼女の物語として充分に成立していない原因のように思います。

　しかしこの「甘い鞭」では、男達の存在感は誘拐犯を含めて非常に希薄で、現在と過去、二人の奈緒子の心情を描く事に徹底していて、その結果この一連の凄惨な出来事にヒロインの物語としての意味を持たせる事に辛うじて成功しています。

　もし監督の主眼がわずかでも男の側に転じる事があったら、この映画はとんでもない駄作になっていたような気がします。
　賛否の分かれる映画だと思いますが、このような題材を扱いながらただのグロ映画に堕ちる事なく、細い一本の線を綱渡りのように渡りきって物語を成立させた、危うくも稀有な作品です。

　中盤、奈緒子と女王役の女との立場が逆転するくだりがありますが、その時見せる奈緒子の表情の変化は特筆すべきものがあります。壇蜜さんは演技力に関して色々と言われているようですが、このシーンを演じるために生まれてきた人なのではと思わせるほどでした。

(2014/07/22)
(2014/07/23)加筆

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